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浦和地方裁判所 昭和46年(行ウ)3号 判決 1974年6月28日

原告 安藤勝弥

被告 浦和税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

(主位的請求)

「1、被告が原告に対し昭和四六年二月一七日付でなした原告の昭和四三年分所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定(ただし被告が昭和四六年六月二八日付異議決定で取消した部分を除く)は無効であることを確認する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

(予備的請求)

「1、被告が原告に対し昭和四六年二月一七日付でなした原告の昭和四三年分所得税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定(ただし被告が昭和四六年六月二八日異議決定で取消した部分を除く)を取消す。

2、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

二、被告

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一、原告主張の請求原因

1、原告は被告に対し昭和四三年分所得税につき、給与所得三〇一万〇六〇〇円のほか別表(別紙(二))記載のとおり資産の譲渡による所得七四一万八九三一円があるとして、総所得金額を一〇四二万九五三一円とし、申告納税額を三五四万七九〇〇円とする確定申告書を提出した。

2、被告は右確定申告に対し、

「(一) 原告が昭和四三年一二月二七日日産デイーゼル工業株式会社(以下訴外会社という)に譲渡した別紙目録記載の一の(1)、(2)の土地(以下甲土地という)の譲渡価額六六〇〇万円について申告がないので加算する(以下本件処分理由(一)という)。

(二) 原告が同年一月一九日県南開発株式会社に譲渡した別紙目録記載の四の土地(別表順号1の土地)は申告譲渡価額が三五万九三一〇円過大であるので減算する(以下本件処分理由(一)という)。

(三) 原告が同年七月一〇日羽部兵四郎に譲渡した別紙目録記載の五の土地(別表順号3の土地の一部)は申告にかかる取得費が五万〇六二八円過大であるので減算する(以下本件処分理由(三)という)。

(四) 原告が同年八月二七日有限会社尾張屋不動産(以下尾張屋という)に譲渡した別紙目録記載の六の土地(以下丁土地という)の譲渡価額五三〇万円について申告がないので加算する(以下本件処分理由(四)という)。

(五) 原告が同年七月三日大岩嘉一外一名に譲渡した別紙目録記載の七の(1)ないし(3)の土地(以下戊土地という)の譲渡価額一〇六〇万円については申告がないので加算する(以下本件処分理由(五)という)。」

との理由により、総所得金額を四八五三万五五九五円とし納付すべき税額を二六八四万〇五〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一一六万四六〇〇万円の賦課決定をし(以下本件処分という)、昭和四六年二月一七日付で原告にその旨通知した。

3、原告は昭和四六年四月一〇日被告に対し本件処分につき異議申立をしたところ、被告は浦和一書一第八二一号をもつて本件処分理由(四)につき、丁土地の譲渡事実はなく、本件処分において申告がないとされた丁土地の譲渡所得は原告の尾張屋外一名との間の戊土地の譲渡所得を指すものであつて、本件処分理由(四)と同(五)は重複して計算されているとして、重複にかかる譲渡価額五三〇万円についての所得額二六四万〇九〇〇円を減算し、総所得金額を四五八九万四六九五円、納付すべき税額を二五一〇万二六〇〇円、過少申告加算税を一〇七万七七〇〇円として本件処分の一部を取消すとともに異議申立を却下する決定をし(以下本件異議決定という)、同年六月二八日付でその旨原告に通知した。

4、原告は更に昭和四六年七月一五日関東信越国税審判所長に対し審査請求をしたが、三箇月を経過するも裁決がなされない。

5、本件処分の瑕疵

本件処分には以下のとおり瑕疵がある。

(一) 本件処分理由(一)について

(1) 原告は昭和三六年七月二二日訴外会社との間で次のような内容を骨子とする別紙(三)の交換契約書記載のとおりの交換契約を締結した。

<一> 原告は原告所有の甲土地の所有権を訴外会社に移転し、訴外会社はいずれも第三者所有にかかる別紙目録記載の二の土地四七筆(以下乙土地という)を取得したうえ、同土地の所有権を原告に移転するほか、契約成立の日の翌日から一週間以内に補足金として一〇〇〇万円を支払う。

<二> 訴外会社より原告に所有権を移転する土地(乙土地)の所有権移転登記の日は昭和三六年一一月三〇日と予定する。

<三> 訴外会社が原告に対し右期日までに乙土地の一部分といえども完全に所有権を移転することができないときは、交換契約は当然に解除となるものとする。

<四> 右解除となつた場合には、訴外会社は乙土地に代え、訴外会社が既に所有権を取得した工場用地内から訴外会社の選択した三二四一坪(一団の工場適地)を原告に引渡し、直ちに同土地の所有権移転登記手続をすることを確約する。この場合には、別に交換による補足金を附さないこととし、前記補足金を損害賠償金に充当し、訴外会社は原告にその返還を求めないものとする。

(2) しかるに、訴外会社は昭和三六年七月二七日原告に対し前記補足金一〇〇〇万円を支払つたけれども、同年一一月三〇日までに乙土地の所有権移転登記手続をすべき義務を履行しなかつたので、原告は訴外会社に対し同日付内容証明郵便(同年一二月一日到達)をもつて右交換契約を解除するとともに右交換契約の前記約旨に従い訴外会社所有の工場用地内から三二四一坪の分筆登記手続をして原告に引渡すべき旨を申入れ、更に原告は同年一二月九日付内容証明郵便をもつて一週間以内に原告に引渡す土地を選択して所有権移転の手続をするよう催告したが、訴外会社は右期間内に原告に引渡す土地を選択しなかつたので、選択権は原告に移転した。

(3) そこで原告は昭和三七年二月三日付内容証明郵便をもつて訴外会社に対し、訴外会社が既に所有権を取得した工場用地内から別紙目録記載の三の土地(以下丙土地という)を選択してその引渡を求める旨通知したうえ、同土地の所有権移転登記手続を求める訴訟を浦和地方裁判所に提起した(同裁判所昭和三七年(ワ)第一三三号事件)ところ、訴外会社は原告の請求に応じないばかりか原告に対し交換契約に基づき甲土地の所有権移転登記手続を求める反訴を提起して(同裁判所同年(ワ)第二一二号事件)争い、また前記交換契約に基づいて同裁判所に甲土地につき所有権移転の仮登記仮処分命令の申請をし、同裁判所はこれを認容し浦和地方法務局上尾出張所昭和三七年三月三〇日受付第二二〇八号をもつて訴外会社のため所有権移転仮登記がなされた。

(4) 原告と訴外会社は昭和四三年一二月二四日右訴訟において次のような内容を骨子とする別紙(四)の和解調書記載のとおりの和解を成立させて訴訟を終了させた(なお右和解成立に先だち丙土地の当時の時価につき鑑定がなされ、原告は右鑑定による評価額からはるかに譲歩した金額によつて和解を成立させたのである)。

イ 訴外会社は原告に対し前記交換契約の履行不能に基づく損害賠償金として五六〇〇万円の支払義務があることを認める。

ロ 訴外会社は原告に対し右損害賠償金を昭和四三年一二月二八日限り、原告から甲土地につき訴外会社のためになされた前記所有権移転仮登記に基づく本登記手続を受けるのと引換えに所轄登記所において支払う。

ハ 原告と訴外会社は本件に関し本和解成立をもつて一切円満解決とし、本和解条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認する。

そして原告は同月二七日訴外会社から右和解に基づく損害賠償金五六〇〇万円の支払を受けた。

(5) 以上の事実から明らかなように、原告が訴外会社から補足金一〇〇〇万円および損害賠償金五六〇〇万円の合計六六〇〇万円を受領したのは、原告が訴外会社の担保責任に基づく契約解除権、代金減額請求権および損害賠償請求権の三権のうち、契約解除権および損害賠償請求権の二者を行使した結果に基づくものであつて、右六六〇〇万円は譲渡代金または譲渡代金と同視さるべき性質のものではない。また、裁判所は訴訟上の和解成立の際には、和解条項を文言どおりに理解してこれを妥当と判断したうえで調書を作成するのであるから、訴訟上の和解成立後他の裁判所または公の機関は和解条項が曖昧であつたり相互に矛盾しているような特別の事情がないかぎり、その文言と異なる意味に解することは和解を処理した裁判所を無視することになり許されないのである。(同旨最高判昭和四四年七月一〇日最高民集二三巻八号一四五〇頁)。

したがつて、本件処分には損害金を譲渡代金と誤認してこれに課税した違法がある。

(6) 仮に原告が訴外会社から受領した六六〇〇万円が甲土地の譲渡代金としての性格を有するとしても、甲土地の譲渡による原告の譲渡所得発生の時期は前記和解が成立した昭和四三年ではなく、前記交換契約が成立し甲土地の引渡がなされた昭和三六年と解すべきである。すなわち、譲渡所得の発生時期については「所有権が移転したとき」あるいは「資産の引渡をした日」と解すべきものであるところ、甲土地の所有権は訴外会社が原告に補足金一〇〇〇万円を支払つた昭和三六年七月二七日訴外会社に移転したのであり、また同日引渡もなされているのであるから、甲土地の譲渡所得発生の時期は昭和三六年と認定すべきである。

よつて本件処分には所得の発生時期を誤認して課税した違法がある。

(二) 本件処分理由(五)について

原告は昭和四三年七月中原告所有の戊土地三筆を大岩嘉一および石川作太郎に対し代金一一二四万円で売渡す旨の契約を締結した。しかしながら、戊土地のうち別紙目録記載の七の(1)の土地はその後同人らが他に転売し、原告から直接転買人に対する所有権移転登記を完了したけれども、他の二筆については所有権移転登記も代金の授受も済んでいないので、結局右売買取引は完了していない。よつて本件処分には未発生の所得に課税した違法がある。

6、むすび

右に述べた本件処分の瑕疵はいずれも重大かつ明白な瑕疵であるから本件処分は無効と解すべきであり、そして原告は本件処分に基づく滞納処分による差押を受け、右差押が継続するときは回復困難な損害を蒙るから、原告は本件処分の無効確認を求める利益を有するので、その無効確認を求め、右無効確認の請求が認められないときは予備的請求として、本件処分の取消を求める。

二、請求原因に対する被告の認否および主張

1、認否

(一) 請求原因1ないし4、5(一)(1)の各事実は認める。

(二) 同5(一)(2)の事実は不知。

(三) 同5(一)(3)(4)の事実は認める。

(四) 同5(一)(5)(6)の主張は争う。

(五) 同5(二)の事実は認める。

(六) 同5(三)の事実中、原告が昭和四三年七月中原告所有の戊土地を代金一一二四万円で他に売渡す旨の契約をしたこと(買主は尾張屋および石川作太郎である)、およびそのうち別紙目録記載の七の(1)の土地についてはその後原告から転買人に対する所有権移転登記がなされ他の二筆については所有権移転登記がなされていないことは認めるが、その余の事実は争う。

(七) 同6の主張は争う。

2、主張

別紙(五)被告の主張記載のとおり。

第三証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因1ないし4の各事実、すなわち、昭和四三年の所得税に関する原告より被告に対する確定申告、被告による更正および過少申告加算税の賦課決定(本件処分)、原告の異議申立および被告の異議決定(本件異議決定)、原告の審査請求および三箇月を経過するも裁決がなされないことに関する原告の主張事実は当事者間に争いがなく、右の争いのない事実によれば、本件処分の処分理由(一)は原告が昭和四三年一二月二七日訴外会社(日産デイーゼル工業株式会社)に譲渡した甲土地の譲渡価額六六〇〇万円の加算、処分理由(五)は原告が同年七月三日大岩嘉一外一名に譲渡した戊土地の譲渡価額一〇六〇万円の加算である(処分理由(二)および(三)はいずれも減算であり処分理由(四)については、本件異議決定により譲渡の事実はなく処分理由(五)と重複するものとして加算が取消された)。

よつて右の処分理由(一)および(五)の当否について判断する。

二、本件処分理由(一)について

1、請求原因5(一)(1)の事実、すなわち、原告が昭和三六年七月二二日訴外会社(日産デイーゼル工業株式会社)との間で「<一>、原告は原告所有の甲土地の所有権を訴外会社に移転し、訴外会社はいずれも第三者所有にかかる乙土地を取得したうえ、同土地の所有権を原告に移転するほか、契約成立の日の翌日から一週間以内に補足金として一〇〇〇万円を支払う。<二>、訴外会社より原告に所有権を移転する土地(乙土地)の所有権移転登記の日は昭和三六年一一月三〇日と予定する。<三>、訴外会社が原告に対し右期日までに乙土地の一部分といえども完全に所有権を移転することができないときは、交換契約は当然に解除となるものとする。<四>、右解除となつた場合には、訴外会社は乙土地に代え、訴外会社が既に所有権を取得した工場用地内から訴外会社の選択した三二四一坪(一団の工場適地)を原告に引渡し直ちに同土地の所有権移転登記手続をすることを確約する。この場合には、別に交換による補足金を附さないこととし前記補足金を損害賠償金に充当し、訴外会社は原告にその返還を求めないものとする」との内容を骨子とする別紙(三)の交換契約書記載のとおりの交換契約を締結したことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第四〇号証の三、乙第六号証、第二〇号証の一、二、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、甲土地(右甲第四〇号証の三の鑑定評価書においては丙地)は訴外会社が工場移転のために取得した一団の工場用地のうちに二箇所にわかれて存在し、訴外会社は既に右工場用地の整地に着手し甲地の取得を急いでいたため、同年七月二七日原告に対し補足金一〇〇〇万円の支払をし、これと引換に原告から甲土地の引渡を受けたこと、しかるに訴外会社は同年一一月三〇日までに乙土地の所有権を取得して原告に対し所有権移転登記手続をすることをしなかつたところから、原告は訴外会社に対し同日付内容証明郵便(同年一二月一日到達)をもつて右交換契約条項<三>の約旨に従つて契約が解除されたことを通知するとともに同<四>の約旨に従い訴外会社所有の工場用地内から三二四一坪を分筆確定のうえ原告に所有権移転登記手続をしかつその引渡をすべき旨を申入れたが、訴外会社が原告に引渡すべき土地を選択しなかつたので、原告は更に同年一二月九日付内容証明郵便(そのころ到達)をもつて一週間の期間を定めて引渡土地を特定し所有権移転登記手続をすべき旨を催告したが、被告は右の催告期間内に土地の選択をしなかつたことが認められ、そして原告が選択権は原告に移転したとして、昭和三七年二月三日付内容証明郵便(そのころ到達)をもつて訴外会社に対し、訴外会社が既に所有権を取得した工場用地内から丙土地を選択してその引渡を求める旨通知したうえ、訴外会社を被告として丙土地の所有権移転登記手続を求める訴(浦和地方裁判所昭和三七年(ワ)第一三三号)を提起し、これに対し訴外会社は原告に対し甲土地の所有権移転登記手続を求める反訴(同裁判所同年(ワ)第二一二号)を提起して争い、原告と訴外会社との間に昭和四三年一二月二四日の右事件の和解期日において「イ、訴外会社は原告に対し訴外会社、原告間の昭和三六年七月二二日付交換契約の履行不能に基づく損害賠償金として五六〇〇万円の支払義務があることを認める。ロ、訴外会社は原告に対し右損害賠償金を昭和四三年一二月二八日限り、原告より訴外会社のためになされた甲土地についての浦和地方法務局上尾出張所昭和三七年三月三〇日受付第二二〇八号の所有権移転仮登記に基づく本登記手続を受けるのと引換に所轄登記所において支払う。ハ、原告と訴外会社は本件に関し本和解成立をもつて一切円満解決とし、本和解条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認する。」との内容を骨子とする別紙(四)の和解調書記載のとおりの裁判上の和解が成立し訴外会社は原告に対し同年一二月二七日右和解に基づいて損害賠償金五六〇〇万円を支払つたことはいずれも当事者間に争いがない。

2、そうしてみると、原告が訴外会社から昭和三六年七月二七日受領した一〇〇〇万円および昭和四三年一二月二七日受領した五六〇〇万円合計六六〇〇万円のうち、少くとも右の五六〇〇万円は、原告と訴外会社との間の交換契約に基いて訴外会社が原告に対し乙土地又は丙土地の所有権を移転すべき義務の不履行により原告が蒙つた損害の賠償として支払われたものであつて、甲土地の譲渡代金として支払われたものではないと認めるに十分である(昭和三六年七月二七日授受の一〇〇〇万円の性質については後に認定する)。

なお、右交換契約の前記<三>の条項は「訴外会社が昭和三六年一一月三〇日までに乙土地の一部分といえども完全に所有権を移転することができないときは交換契約は当然解除となるものとする」というのであり、原告は前記のとおり昭和三六年一一月三〇日付内容証明郵便により訴外会社に対し右交換契約が解除された旨通知しており、また、成立に争いのない乙第二〇号証の五によれば、原告は訴外会社の前記反訴に対する答弁書中において右交換契約は解除されたから原告は訴外会社に対し甲土地の所有権移転登記義務はないと主張している事実が認められるのであるが、右の交換契約の前記<四>の条項によれば、右解除となつた場合には訴外会社は乙土地に代えて訴外会社が既に所有権を取得した工場用地内から訴外会社の選択した三二四一坪(一団の工場適地)を原告に引渡し云々と定められ、右三二四一坪は甲土地の坪数に等しく、当初の交換の目的である乙土地(合計三四一七坪)にも近似し、また、別紙(三)の交換契約書には右の「解除」後訴外会社が原告に対する甲土地の所有権移転請求権を喪失する旨の条項も存しない点からすれば、右の「解除」とは用語の如何にかかわらず甲土地と交換する土地を乙土地から訴外会社の工場用地のうちの三二四一坪の土地に変更する趣旨にすぎず、右「解除」によつて交換契約自体が解消し原告の訴外会社に対する甲土地の所有権移転義務が消滅するとは解せられない。

そして、成立に争いのない甲第四号証(鑑定人船津鴻之助の昭和四三年一一月一八日付鑑定評価書)ならびに弁論の全趣旨によると、原告が訴外会社に対し所有権移転請求権がありかつ選択権が原告に移転したとして訴外会社の工場用地のうちから選択した丙土地(右甲第四号証においては甲地)は、鑑定人船津鴻之助により昭和四三年一〇月三一日の時点において六八〇五万円と評価され、原告および訴外会社は右評価額を基準として折衝した末前記の裁判上の和解をしたものであることが明らかであるから、右和解において訴外会社が原告に支払うことを約しその支払をした前記損害賠償金五六〇〇万円は、その金額が甲土地と交換すべき土地の所有権移転に代る損害賠償すなわちいわゆる填補賠償として訴外会社から原告に対し支払を約しその支払をしたものであると認めるに十分である。

3、しかし、所得税法上の譲渡所得が存するかどうかはもつぱら所得税法の規定その他所得税の目的から考えてこれを判定すべきものであつて、民法上の譲渡の対価のみが譲渡所得となるものと解すべきではなく、民法上損害賠償金と解すべきものも場合によつて譲渡所得となるものと解すべきである。すなわち、所得とは暦年に発生した経済的利益をいうものと解すべきであるから、資産の値上がりがあつた場合にはほんらい所得が生じたものと考えられるのであるが、所得税法が資産の値上がりがあつた場合に直ちに課税せずに資産の譲渡があつた場合にこれによる収入に課税するのは、資産の値上がりがあつてもそれが現金化されない以上は直ちに担税力を生じないから、資産の値上がりに対し課税することは担税力のない者に課税する結果となると同時に、値上りの都度これを評価して課税することは煩瑣に堪えないため、資産の譲渡によつて担税力を生じかつ値上がりが具体化した機会に、過去の値上がりに対し一括して課税するものであると解せられる(資産の交換の場合には一定範囲内で譲渡がなかつたものとみなすのもほぼ同様の理由によるものと解せられる)から、資産の譲渡に対して法律的にその対価と認められる利益の授受がなくても経済的に対価関係に立つ金銭の授受がなされる以上は、これによつて担税力を生じかつ過去における資産の価上がりは具体化されるのであつて、譲渡所得があつたものと認むべきであり、これを本件についてみれば、原告が訴外会社に譲渡した甲土地と交換すべき土地の所有権移転に代る填補賠償として訴外会社から原告に支払を約した五六〇〇万円は、法律的には甲土地の譲渡の対価とは認められないけれども、経済的にはその対価にあたると認めるに十分であるから、原告にはこれに相当する譲渡所得があつたものと認めるのが相当である。

4、そこで次に右所得の生じた時期の点について考えるに、所得税法第三六条第一項はその年分の収入金額は原則としてその年において収入すべき金銭その他の経済的利益の価額とする旨を定めていわゆる権利確定主義を採用しているところ、前記交換契約には、原告が訴外会社に対し甲土地の所有権を移転する時期については明確な規定がなく、別紙(三)の交換契約書の第六条によればその所有権移転登記の時期は両者が協議して定める旨規定されており、もつとも、前記のとおり右交換契約の<三>の条項による交換契約の「解除」は単に甲土地と交換する土地を変更する趣旨にすぎないのであるから、原告の訴外会社に対する甲土地の所有権移転義務の存在は右交換契約の成立によつて一応確定している(ただしこれと交換すべき土地につき訴外会社の債務不履行があつた場合に原告において催告の上契約を解除しうることはいうまでもない)と認められるのであるが、甲土地と交換すべき土地として訴外会社から原告に対し所有権を移転すべき土地については、右交換契約の前記<三>および<四>の条項が存するため土地自体が確定しておらず(<四>の条項によつて訴外会社が乙土地に代えて既に所有権を取得した工場用地の一部の所有権を原告に移転すべき義務を生じた場合においても、訴外会社がその工場用地内から原告に所有権を移転する土地を選択する権利を原告の催告にもかかわらず行使しないときは、右選択権は民法第四〇八条の規定により原告に移転することもいうまでもない)、現に原告は右<三>および<四>の条項に従いかつ原告において選択権を行使して訴外会社を被告として丙土地の所有権移転登記手続を求める訴を提起し、訴外会社はこれを争つていたのであり、訴外会社の主張の要旨は、成立に争いのない乙第二〇号証の二、六によれば、前記交換契約書の第六条には交換による所有権移転登記手続の時期は両者協議のうえ定める旨が規定されており、その第一〇条(前記<二>の条項)には訴外会社より原告に所有権を移転する土地(乙土地)の所有権移転登記の日は昭和三六年一一月三〇日と「予定する」と定めてあるにすぎないことを根拠として、未だ訴外会社には乙土地の所有権を原告に移転すべき義務の不履行がないとの主張ならびに権利濫用の主張であることが認められ、右の主張は、右の交換契約書の文言や丙土地が訴外会社が工場建設のため取得した工場用地の一部である点を考えると、いちがいに明らかに不当な主張であるともいいきれないのである。そして、所得税法第五八条第一、二項は、居住者が各年において、一年以上有していた土地等の固定資産を他の者が一年以上有していた土地等の固定資産と交換し、その交換により取得した固定資産(取得資産)を交換により譲渡した固定資産(譲渡資産)の譲渡の直前の用途と同一の用途に供した場合には資産の譲渡がなかつたものとみなす(取得資産とともに金銭等を取得した場合には当該金銭等の額に相当する部分を除く)旨を規定し、更に同条第二項は、右の規定は交換時における取得資産の価額と譲渡資産の価額との差額がこれらの価額のいずれか多い価額の一〇〇分の二〇に相当する金額をこえる場合には適用しない旨を規定しているのであるから、たとえ譲渡資産が確定しても、取得資産が確定しない以上譲渡所得は確定しないと解するのが相当であり、したがつて、本件においては昭和三六年中の前記交換契約の成立によつて原告の訴外会社に対する甲土地の所有権移転義務が確定したとはいつても、原告の取得資産が確定しなかつた以上、昭和三六年中には原告の甲土地の譲渡による譲渡所得はなく、昭和四三年一二月二四日成立の前記和解によつて原告が甲土地の譲渡による実質的対価である填補賠償金五六〇〇万円の支払を受ける権利が確定し、これによつて原告に甲土地の譲渡による譲渡所得が発生したものと判定せざるを得ない。

5、次に原告が昭和三六年七月二七日訴外会社から支払を受けた補足金一〇〇〇万円について判断するに、前記交換契約の<四>の条項によれば、訴外会社が昭和三六年一一月三〇日までに原告に対して乙土地の所有権の移転をすることができないときは、訴外会社から原告に支払われた補足金一〇〇〇万円は損害賠償金に充当し、訴外会社は原告に対しその返還を求めない旨定められていたのであり、そして、前記和解においても原告と訴外会社は本和解条項以外には何らの債権債務のないことを相互に確認すると定められたのであるから、右補足金一〇〇〇万円は一見填補賠償とは異つた一種の違約金として原告が取得するものとなつたものと見られるようであるけれども、右補足金はもともと原告より訴外会社に対する甲土地の所有権移転の対価の一部として授受されたものであり、そして訴外会社は前記のとおり乙土地の所有権移転について未だ債務不履行はないと主張していたばかりでなく、前記甲第四号証によると、乙土地、丙土地は鑑定人船津鴻之助により昭和四三年一一月一五日当時の価額としてそれぞれ三七九〇万円、六八〇五万円と評価されていたことが認められ(なお、成立に争いのない甲第四〇号証の一、三によれば甲土地も二箇所に分れているため丙土地より高額であることはないと認められる)、昭和三六年当時からの地価の高騰を考えると、本件交換契約における補足金一〇〇〇万円はこれを違約金に充当するときは当時としては極めて高額な違約金を定めたことになると考えられること、右のとおり丙土地は鑑定人船津鴻之助により昭和四三年一一月一五日当時の価額として六八〇五万円と評価されたのであるが、前記和解により訴外会社から原告に対し支払われることとなつた五六〇〇万円と昭和三六年当時支払ずみの補足金一〇〇〇万円との合計額六六〇〇万円が右の評価額に近似することを考え併せると、本件和解成立に際し原告と訴外会社が右補足金一〇〇〇万円を原告に支払われたままとしたのは、本件交換契約における前記<四>の条項の存在にかかわらず、右補足金をも訴外会社より原告に対する甲土地と交換すべき土地の所有権移転に代る填補賠償に充てる意思の合致があつたことによるものと認めるのが相当であり、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。

したがつて、右補足金一〇〇〇万円もまた経済的には甲土地の所有権移転に対する対価の関係にあり、そしてその支払は昭和三六年七月二二日成立の本件交換契約に基づき同月二七日なされたものではあるけれども、その支払請求権が確定したのは昭和四三年一二月二四日成立の本件和解によるものであると解すべきであるから、右一〇〇〇万円もまた原告の昭和四三年に発生した甲土地の譲渡所得の一部であると認めるのが相当である。

6、よつて被告の本件処分理由(一)は相当であつて、これに対する原告の主張は採用できない。

三、本件処分理由(五)について

1、請求原因5(三)の事実中、原告が昭和四三年七月中原告所有の戊土地三筆を代金一一二四万円で他に売渡す旨の契約をしたことおよびそのうち別紙目録記載の七の(1)の土地についてはその後原告から転買人に対する所有権移転登記がなされ他の二筆については所有権移転登記がなされていないことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四一号証、乙第八号証、第一〇ないし第一五号証、第一九号証および弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第一七号証、第一八号証の一、二ならびに原告本人尋問の結果の一部によれば、原告は右の戊土地を尾張屋(有限会社尾張屋不動産)および石川作太郎に対し売渡したものであるが、尾張屋および石川作太郎はそれぞれ昭和四三年七月中に各五三〇万円合計一〇六〇万円を原告に支払つたこと、その余の代金が支払われていないのは、右売買契約締結直後に、従来戊土地に隣接して設置されていた市道が戊土地の一部に付け替えられる予定となつていたことが判明し、そのため当事者の合意により地積の減少に応じて代金額を六四万円減額して一〇六〇万円と変更したためであり、したがつて右代金金額の授受が完了しており、代金額が未確定のの状態にあるわけではないこと(原告本人は右認定に反し、右市道の付け替えの事情から代金額が確定できない状態にあり、後日清算することになつていると供述しているが、前記乙第一九号証に照してたやすく措信できない)、の各事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2、右各事実によれば、戊土地の譲渡については原告の所有権移転義務および代金支払請求権のいずれも昭和四三年中に確定したばかりでなく、遅くとも代金の完済された昭和四三年七月中には、戊土地の全部の所有権が尾張屋および石川作太郎に移転し、原告は変更された代金一〇六〇万円全額の支払を受けたことが明らかであるから、たとえ戊土地の一部について所有権移転登記が未了であつても、原告に右の変更された代金額を収入金額とする譲渡所得が昭和四三年中に発生したことはなんらの疑いもなく、被告の本件処分理由(五)は相当であつて、原告の主張は採用できない。

四、以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、他に被告の主張する譲渡所得金額、総所得金額、所得税額、過少申告加算税の計算につき誤りの存する根拠を発見することはできないから、本件処分には何らの瑕疵もなく、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今村三郎 鹿山春男 吉村俊一)

(別紙)

請求の表示

(本訴)

請求の趣旨

被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地を引渡し、該土地につき原告のため、所有権移転登記手続(分筆手続を含む)をせよ。

請求原因

原告は、上尾市大字地顔方字鶏久保六六四番の二、山林二反九歩および同市大字中新井字坊山四六一番、山林八反七畝二二歩を所有していたところ、昭和三六年七月二二日原、被告間に右土地と、同坪数の土地=被告は、右土地の代替地を取得して、原告に引渡し所有権移転する=とを交換する契約が成立した。右交換契約において被告が原告に所有権移転すべき土地の所有権移転は、昭和三六年一一月三〇日までに履行する約であつたところ、被告は、右期限までに契約の本旨に従つた履行ができなかつたので、右交換契約は当然解除となつた。そこで、原告は、被告に対し、同年一一月三〇日内容証明郵便をもつて、契約解除の事実および約旨に従い、被告の工場用地内から、三二四一坪を分筆画定の上引渡を求めることを予め申入れ、同年一二月九日内容証明郵便をもつて一週間内に引渡土地を特定し、所有権移転の手続をするよう催告したが、被告が、その期間内に選択しなかつたので、選択権は原告に帰属することになつた。よつて、原告は昭和三七年二月三日内容証明郵便をもつて、請求の趣旨記載の土地三二四一坪の引渡を求めたが、被告は、これに応じないので本訴に及ぶ。

以上

物件目録

上尾市大字一丁目字南境一九番

一、山林 五反三畝九歩

同所一八番

一、同 一反五畝一八歩

同所三番の一

一、同 一反二畝一二歩

同所二番

一、同 一反六畝六歩

同市大字向上字鳥久保五七五番の一

一、同 五反二畝一七歩

同所五七八番

一、同 一反三畝一二歩

同所五七九番

一、同 一反四畝二八歩

同所五八〇番の五

一、同 八畝二歩

同所五八〇番の六

一、同 七畝二六歩

以上の内字鳥久保五八〇番、七畝二六歩はその全部、その他は一部合計三二四一坪(間口六〇間、奥行約五四間)

以上

(反訴)

請求の趣旨

反訴被告は、反訴原告に対し、別紙目録記載の土地(和解条項、第二項表示の土地と同一であるから、別紙目録は省略する)につき、昭和三六年七月二二日交換契約に基づく所有権移転登記手続をせよ。

請求原因

反訴原告と反訴被告間で、昭和三六年七月二二日に、反訴被告は、その所有に係る請求の趣旨記載の土地を提供し、反訴原告は、他から所有権を取得すべき上尾市大字後谷四〇四地山林二畝一歩他四六筆(合計約三、二四一坪)の土地および現金一、〇〇〇万円を提供し、これを互に交換すべき旨の補足金付交換契約を締結した。

而して、反訴被告の提供すべき土地の所有権移転時期は、補足金支払時と定められていたところ、反訴原告は補足金一、〇〇〇万円を昭和三六年七月二七日反訴被告に支払つたので、右土地の所有権は、反訴原告に移転した。

ところが、反訴被告は、右土地について、所有権移転登記手続をしないから、本訴に及ぶ。 以上

別紙(一)~(四)<省略>

別紙(五)

被告の主張

一 本件課税の経過について

(一) 原告は、昭和四三年分所得税について、昭和四四年三月一五日付をもつて、給与所得金額三、〇一〇、六〇〇円、譲渡所得金額七、四一八、九三一円、総所得金額一〇、四二九、五三一円とし、これより社会保険料控除六三、四八〇円、配偶者控除一五七、五〇〇円、扶養控除一五五、〇〇〇円および基礎控除一五七、五〇〇円の合計額(以下本件所得控除の合計額という。)五三三、四八〇円を控除し課税される総所得金額を九、八九六、〇〇〇円とし算出所得税額四、〇一七、三〇〇円から源泉徴収所得税額四六九、三〇九円を差引き、一〇〇円末満の端数九一円を切捨て申告納税額を三、五四七、九〇〇円とする確定申告書を被告に提出した。

(二) しかしながら、被告の所部職員大蔵事務官本間照春が原告の昭和四三年分の所得金額を調査したところ、原告の申告にかかる譲渡所得金額に申告洩れがあつたので、原告にその旨を脱明し修正申告書の提出方をしようようとしたのであるが、原告は根本的な見解の相違があるとして修正申告書の提出を拒否したので、被告は昭和四六年二月一七日付をもつて、調査にかかる給与所得金額三、〇一〇、六〇〇円、譲渡所得金額四五、五二四、九九五円、総所得金額四八、五三五、五九五円、本件所得控除の合計額五三三、四八〇円、課税される総所得金額四八、〇〇二、〇〇〇円、算出所得税額二七、三〇九、九〇〇円、源泉徴収所得税額四六九、三〇九円、納付すべき税額二六、八四〇、五〇〇円として申告額を更正し、原告が過少申告であつたことについて、なんら正当な理由がないと判断されたので、国税通則法六五条により過少申告にかかる部分の所得税額二三、二九二、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満の端数切捨)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した一、一六四、六〇〇円の過少申告加算税を賦課決定したのである。

(三) 原告は、被告の行なつた右更正処分および加算税賦課決定処分を不服として、昭和四六年四月一〇日被告に対して異議申立書を提出した。(乙第二号証)。

(四) 被告は、原告の異議申立てにかかる不服の理由につき審理したところ、

<1> 「昭和三六年七月二二日付日産デーゼル工業株式会社との間に締結した交換契約の不履行に基づき受けた損害賠償金は譲渡所得の対象とならずまた所有権移転登記が昭和三七年三月に遡及しているので、昭和四三年分の譲渡には該当しない」とする原告の不服理由にはその理由が無いと認め

<2> 「昭和四三年八月二七日大岩嘉一外一名に対する浦和市広ケ谷戸七番の一外二筆の土地の譲渡に対する譲渡所得が重復計算によるものである」との不服理由は理由があると認めたので、次のとおり、昭和四七年二月一七日付更正にかかる処分の一部を取消すとの異議申立てに対する決定をした。

すなわち、原告が売買契約した土地は、浦和市大字広ケ谷戸字吹通七番の一外二筆九二八、九二平方メートルであつたが、契約後の契約条項の変更および買受人の契約書に対する無関心などから、当初の調査においては、売買物件が一つは浦和市大字広ケ谷戸字吹通七番の一外二筆とまた一つは浦和市大字広ケ谷戸字吹通三番とそれぞれ異る物件であり、買売人もそれぞれ大岩嘉一外一名、および有限会社尾張屋不動産と異る人物である如く判断されたのであるが、異議の審理によつて右物件については、同一の物件であることは判明したものである(乙第一九号証)。

したがつて、異議申立て決定後の原告の所得金額は、給与所得金額三、〇一〇、六〇〇円、譲渡所得金額四二、八八四、〇九五円、総所得金額四五、八九四、六九五円、本件所得控除の合計額五三三、四八〇円、課税される総所得金額四五、三六一、〇〇〇円、算出税額二五、五七二、〇〇〇円、源泉徴収所得税額四六九、三〇九円、納付すべき税額二五、一〇二、六〇〇円となり、これに伴い過少申告加算税額も一、〇七七、七〇〇円となつた。

二 本件課税の根拠は次のとおりであつて、被告の処分は適法なものであり、本件課税処分に重大明白な瑕疵があるとする原告の主張はなんら理由のないものである。

(一) 原告の昭和四三年分所得税の課税の根拠

1 総所得金額 四五、八九四、六九五円

原告の総所得金額は、給与所得金額三、〇一〇、六〇〇円と譲渡所得の金額四二、八八四、〇九五円の合計額により算出したものである。

次に、所得の種類ごとに所得金額算出の根拠を詳述する。

(1) 給与所得金額 三、〇一〇、六〇〇円

原告の申告額により計上した。

(2) 譲渡所得金額 四二、八八四、〇九五円

原告の昭和四三年分の資産の譲渡等にかかる収入金額など譲渡所得算出の根拠は次表のとおりである。

順号

物件の所在

種類

数量

収入金額(円)

必要経費(円)

譲渡益の額

摘要

1

浦和市大字太田窪一一八〇

土地

六七一、〇六m2

一一、六一七、六九〇

七三七、七三〇

一〇、八七九、九六〇

長期

2

〃広ケ谷戸八ノ一

外一筆

四九五、一七

四、〇〇〇、〇〇〇

四、五〇〇

三、九九五、五〇〇

3

上尾市大字地頭方六六四ノ二

外一筆

一〇、七一四、〇四

六六、〇〇〇、〇〇〇

九七、二三〇

六五、九〇二、七七〇

4

浦和市大字広ケ谷戸七ノ一

外二筆

九二八、九二

一〇、六〇〇、〇〇〇

五、三一〇、〇四〇

五、二八九、九六〇

小計

九二、二一七、六九〇

六、一四九、五〇〇

八六、〇六八、一九〇

5

浦和市本太町五ノ一三六

土地

建物

三三〇、五七七

七九、三三

八、五〇〇、〇〇〇

八、五〇〇、〇〇〇

短期

小計

八、五〇〇、〇〇〇

八、五〇〇、〇〇〇

合計

一〇〇、七一七、六九〇

一四、六四九、五〇〇

八六、〇六八、一九〇

(注) 摘要欄の長期とあるのは、所得税法三三条三項二号に該当する譲渡をまた、短期とあるのは、同項一号に該当する譲渡を表わす。

右譲渡資産中順号1乃至4の資産については、原告によつて取得後三年以上の期間所有されていたので、所得税法三三条三項および同法二二条二項により、右譲渡益八六、〇六九、一九〇円から譲渡所得の特別控除額三〇〇、〇〇〇円を控除し、さらに右控除後の金額八五、七六八、一九〇円の二分の一に相当する四二、八八四、〇九五円を控除しその残額四二、八八四、〇九五円をもつて、総所得金額の算出の基礎となる譲渡所得金額としたものである。

なお、順号5の資産については、譲渡益がないので本件課税所得金額について影響を及ぼさない。

イ 順号1の資産にかかる譲渡益の額一〇、八七九、九六〇円

(省略)

ロ 順号2の資産にかかる譲渡益の額 三、九九五、五〇〇円

(省略)

ハ 順号3の資産にかかる譲渡益の額 六五、九〇二、七七〇円

(イ) 収入金額 六六、〇〇〇、〇〇〇円

本件収入金額については、原告は訴外日産デーゼル(株)から次のとおり損害賠償金の名目で受領したのであるが、後述(三)する如き理由でその金額を譲渡所得の対象となる収入金額としたものである。

代金受領年月日

受領金額(円)

摘要

昭和三六、七、二七

一〇、〇〇〇、〇〇〇

乙第六号証

〃 四三、一二、二七

五六、〇〇〇、〇〇〇

乙第七号証

六六、〇〇〇、〇〇〇

(ロ) 必要経費 九七、二三〇円

本件土地にかかる必要経費については、原告から資料の提出がないので、譲渡に要した費用はないものとし、取得費については、原告の本件土地の所有が昭和二七年一二月三一日以前からであつたので、所得税法所定の方法により算出し計上した。

取得費算出の根拠は次のとおりである。

(10.714.04m2に対する旧賃貸価格)(相続税評価倍数)(取得費とされる28.1.1現在の相続税評価額)

32円41銭×3,000=97,230円

(ハ) 譲渡益の額 六五、九〇二、七七〇円

譲渡益の額は、(イ)の収入金額から(ロ)の必要経費の額を控除して算出した。

((イ)の収入金額)((ロ)の必要経費の額)(譲渡益の額)

66,000,000円-97,230円=65,902,770円

ニ 順号4の譲渡益 五、二八九、九六〇円

(イ) 収入金額 一〇、六〇〇、〇〇〇円

後述するように、原告は、本件譲渡物件については、訴外有限会社尾張屋不動産(契約書上大岩嘉一と表示されている。)外一名に、訴外埼玉県南開発株式会社を仲介として、昭和四三年七月三日一一、二四〇、〇〇〇円にて売買契約し(乙第八号証及乙第九号証)代金を次のとおり受領した。

代金受領年月日

受領金額(円)

摘要

昭和四三、七、三

三、〇〇〇、〇〇〇

(有) 尾張産不動産分

乙第一〇号証

〃 四三、七、三

三、〇〇〇、〇〇〇

石川作太郎分

乙第一一号証

〃 四三、七、一〇

一、三〇〇、〇〇〇

(有) 尾張屋不動産分

乙第一二号証

〃 四三、七、一〇

一、三〇〇、〇〇〇

石川作太郎分

乙第一三号証

〃 四三、七、二九

一、〇〇〇、〇〇〇

(有) 尾張屋不動産分

乙第一四号証

〃 四三、七、二九

一、〇〇〇、〇〇〇

石川作太郎分

乙第一五号証

一〇、六〇〇、〇〇〇

(注) 右契約金額一一、二四〇、〇〇〇円と受領金額一〇、六〇〇、〇〇〇円との差額六四〇、〇〇〇円については、実測の結果減歩したために、仲介人の訴外埼玉県南開発株式会社、買受人の訴外(有)尾張屋不動産外一名および原告との間で協議し、減少数量にかかる部分については値引きをすることとし、一〇、六〇〇、〇〇〇円をもつて、本件売買代金としたものである。

(ロ) 必要経費 五、三一〇、〇四〇円

必要経費の内訳は、次表のとおりであつて、取得費については、取得の時期が昭和二七年一二月三一日以前であるから所得税法所定の方法により算出した額により計上し、その余の譲渡経費については、原告から費用の額の申出があり資料の提出(乙第一六号証)があつたので、この原告申出額により計上した。

順号

必要経費の項目

金額(円)

摘要

1

取得費

三九、三四〇

評価額による。

2

建物取毀費

五三五、五〇〇

原告申出額による。

3

借家人立退費

四、三九八、〇〇〇

4

仲介料

三三七、二〇〇

五、三一〇、〇四〇

取得費算出の根拠は次のとおりである。

(928.92m2に対する旧賃貸価格)(相続税評価倍数)(取得費とされる28.1.1現在の相続税評価額)

39円34銭×1000=39,340円

ホ 順号5の資産の収入金額等について

本件土地建物は、昭和四三年四月六日に訴外石川洪に対し、八、五〇〇、〇〇〇円で譲渡したのであるが、この土地建物の必要経費が八、五〇〇、〇〇〇円であるから、譲渡益は発生しない。

(二) 過少申告加算税課税の根拠

すでに述べたように、原告は昭和四三年分所得税の確定申告書を過少なる所得に基づいて提出していたのであるが、原告が過少申告であつたことについては、なんら正当な理由がないと判断されたので、被告は、国税通則法六五条により過少申告にかかる部分の所得税額二一、五五四、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満の端数を切捨)に一〇〇分の五の割合を剰じて計算した一、〇七七、七〇〇円の過少申告加算税を賦課決定したのである。

三 更正処分をせざるを得なかつた理由および本件更正処分の適法性

(一) 原告は、東京都中央区銀座一―六に本社の所在する安藤工事株式会社の代表取締役であつて給与所得者であるところ、昭和四三年分については、給与所得のほかに資産の譲渡による所得があるとして、前記確定申告書を被告に提出したのであるが、原告の申告にかかる譲渡資産およびこの収入金額は次表(別表と同じ)のとおりであつた。

順号

物件の所在

種類

数量

譲渡年月日

収入金額

必要経費

譲渡益の額

摘要

1

浦和市大字太田窪一一八〇

土地

m2

六七一、〇六

昭四三、一、一二

一一、九七七、〇〇〇

七八四、〇一〇

一一、一九二、九九〇

長期譲渡

2

〃本太町五―一三六

土地

建物

三三〇、五七

七九、三三

四三、四、六

八、五〇〇、〇〇〇

八、五〇〇、〇〇〇

短期譲渡

3

浦和市大字広ケ谷戸八―一 外

土地

四九五、一七

四三、七、五

四、〇〇〇、〇〇〇

五五、一二八

三、九四四、八七二

長期譲渡

二四、四七七、〇〇〇

九、三三九、一三八

一五、一三七、八六二

(注) 本件譲渡資産中譲渡益の発生している順号1および3の資産については、原告にとつて、取得後三年以上の期間所有されていたので所得税法三三条三項および二二条二項により右譲渡益の金額から三〇〇、〇〇〇円を控除し、右控除後の金額一四、八三七、八六二円の二分の一に相当する七、四一八、九三一円が総所得金額算出の基礎としての譲渡所得の金額となる。

(二) しかしながら、被告の所部職員大蔵事務官本間照春が調査したところ、原告は、右申告にかかる譲渡資産以外に次のとおり土地を譲渡している。

なお、所得税法三三条において、いわゆる譲渡所得が課税の対象とされているのは、その資産についてすでに発生しているキヤピタルゲインについて、その値上りのたびに課税することをせずに、その資産が売買などされその所得が現金その他に換価され顕現したときにその顕現したときの年分として課税するという課税理論に立脚しているものであるから、所得税法三三条に規定する資産の譲渡には、資産の売買のほかに、交換、競売、公売、収用、物納、法人に対する出資などが当然に含まれるのである。そしてこれら譲渡により取得する対価の額(売買代金、補償金、取得する物又は権利など)が、経済的利益の額として譲渡所得の課税の対象とされる収入額となるのである。

順号

物件の所在

種類

数量

譲渡年月日

収入金額等

買受人等氏名

1

上尾市大字地頭方六六四二外

土地

m2

一〇、七一四・〇四

四三、一二、二四

六六、〇〇〇、〇〇〇

日産デーゼル(株)

2

浦和市大字広ケ谷戸三

四二九・七五

四三、八、二七

五、三〇〇、〇〇〇

(有)尾張屋不動産

3

浦和市大字広ケ谷戸三七―一

九二八・九二

四三、七、三

一〇、六〇〇、〇〇〇

大岩嘉一 外一

八一、九〇〇、〇〇〇

(注) 順号2の資産については、異議の審理によつて順号3の資産と重複していることが判明した。

そこで、被告は、原告に対し原告の申告にかかる譲渡所得金額に洩れがあること及び、右申告洩れにかかる資産の譲渡については、昭和四三年分の所得となるものであることを説明し、右申告洩れ資産にかかる必要経費等資料の呈示と所得税修正確定申告書の提出を求めたのであるが、原告は、「本件損害賠償金は受取つたことは認めるが、損害賠償金は非課税である」と主張するのみで必要経費等の資料の提出を拒み、さらに浦和市広ケ谷戸の土地の譲渡についても税理士を介して必要経費のメモなど一部の資料を提出しただけで、根本的な見解の相違があるからとして、被告所部職員の勧奨にもかかわらず修正申告書の提出を拒否した。

(三) 右のような事情のため、被告はやむを得ず、調査したところにしたがつて、前記一の(二)の如き更正処分をしたのである。

そして、その後原告から提出された異議申立書にかかる審理によつて、一部重複して課税していた所得が判明したので、異議申立ての決定によつて重複計上にかかる部分(前記(二)の順号2の土地)の所得の課税を取消したのである。

(四) 被告が、損害賠償金を譲渡所得の収入金額とし、右損害賠償金を昭和四三年分の収入金額と認定したこと、また、所有権移転登記の完了していない資産について昭和四三年分の譲渡と認定して本件課税をしたのは、次の如き理由によるものであつて、なんら違法はないものである。

1 損害賠償金を譲渡所得の収入金額としたことについて

(1) 所得とはなにかについては、所得税法には明文の規定がなく、また学説においても、「純資産増加説」、「消費資金説」、「周期的反覆性説」、「所得源泉説」、「収益源泉説」など種々の説があつてまだ統一された所得概念は確立されていない。

しかして、所得税法は特定の学説にはよらず、所得課税の目的に即して所得の種類を一〇種類に分類し具体的な取扱いを定めているに止まつているのであるが、これによれば、所得とは、名目あるいはその発生源泉の如何を問わず暦年に発生した経済的利益であると解するのが妥当である。(長野地裁昭和二七年一〇月二一日判決昭和二〇年(行)八号行裁例集三巻一〇号一九六七頁、名古屋高裁昭和四一年一月二七日判決昭和三九年(行コ)八号、最高裁第三小法廷昭和三八年一〇月二九日判決昭和三三年(オ)第三一一号)

(2) ところで、原告の取得した本件損害賠償金であるが、これを所得税法上は、譲渡所得の課税の対象となる資産の譲渡対価の性格を有するものである。

すなわち、訴状請求原因の第二項の(一)にもあるとおり、原告は昭和三六年七月二二日、訴外日産デーゼル(株)(以下「日産デーゼル」という。)との間に、原告の所有していた上尾市大字地頭方六六四番外一筆土地一〇、七一四、〇四平方メートル(三二四一坪)(以下「甲土地」という。)と、日産デーゼルが第三者から購入する予定の上尾市大字堤崎字後谷三六二番の一外四六筆の土地一一二九五、八六平方メートル(三、四一七坪)(以下「乙土地」という。)とを交換し、この交換とともに日産デーゼルから交換に伴う補足金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の現金を受ける旨の交換契約書を締結し(甲第二号証)、昭和三六年七月二七日日産デーゼルから右一〇、〇〇〇、〇〇〇円の補足金の交付を受けた(乙第六号証)。

しかるに、原告は、右交換契約において日産デーゼルから交付を受ける乙土地について交換契約書所定の手続きがとられなかつたことを理由に、右交換契約の解除と本件交換契約の解除に伴う日産デーゼルの所有地(工場用地)からの一〇七一四、〇四平方メートル(三二四一坪)の引渡しを求めて訴を提起し浦和地方裁判所に昭和三七年(ワ)第一三三号および同年(ワ)二一二号(反訴)として係属中のところ、昭和四三年一二月二四日日産デーゼルは原告に対し交換契約の履行不能に基づく損害賠償金五六、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、原告は前記交換契約にかかる甲土地を日産デーゼルに所有権移転登記手続をとることとして和解が成立した(甲第三号証)。

ところで本件損害賠償金は、前記交換契約書一一条後段により補足金から損害賠償金に振替えられた一〇、〇〇〇、〇〇〇円と、前記和解により受領することとなつた五六、〇〇〇、〇〇〇円の合計六六、〇〇〇、〇〇〇円であつてその損害とは、原告が訴外日産デーゼル工業(株)に甲土地の所有権を引渡し、土地が減少したことにより生じたものであり、さらに損害賠償金の額は、本件和解に先だち鑑定人船津鴻之助から浦和地方裁判所に提出された鑑定評価書(甲第四号証)によつて、甲土地を含みこれと一団地をなす日産デーゼルの工場用地内で原告の指定した上尾市大字向山五七〇番外一筆一〇、七一〇、九二平方メートルの昭和四三年一〇月三一日現在の時価六八、〇五〇、〇〇〇円と鑑定評価された額が参考とされており、右六六、〇〇〇、〇〇〇円は実質上の性格から甲土地の対価と認定するのが相当である。

原告は、「和解成立によつて受領した損害賠償金は、原告が相手方に対し法律上発生した担保責任の内容たる契約解除権、代金減額請求権および損害賠償請求権三権のうち、契約解除権、損害賠償請求権の二者の行使に基づくものであつて、譲渡代金または譲渡代金と同旨さるべき性質のものではない。」旨主張される。

しかしながら、所得税は、所得を課税物件とするものであるところ、所得税法上、所得の意義について別段の定義規定をもうけず、所得の種類を一〇種類に分類し、その課税標準の計算方法を明らかにしているにすぎない。したがつて、所得の意義については、所得税制度の目的に照らして確定しなければならないが、所得はもともと経済上の概念であるから、暦年に発生した個人に帰属する経済的利益のすべてをいうのである。しかし、所得税法九条は、所得の性質、負担能力および社会政策等の観点から非課税所得について規定しているところ、同条一項二一号は、「損害保険契約に基づき支払いを受ける保険金及び損害賠償金(これに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」は非課税所得と規定し、これを受けて同法施令三〇条は非課税とされる損害賠償金等を具体的に規定している。すなわち、非課税とされるのは、<1>心身に加えられた損害につき支払いを受ける慰謝料その他の損害賠償金、<2>不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払いを受ける損害賠償金(これらのうち九四条の規定に該当するものを除く。)、<3>心身又は資産に加えられた損害につき支払いを受ける相当の見舞金(九四条の規定に該当するものその他役務の対価たる性質を有するものを除く。)とされている。これは、一般に不法行為の被害者が完全賠償をうけることはきわめて困難であり、これらの損害賠償金は担税力が薄弱であるから、損害賠償をうけるこれら被害者の保護を厚くしようとする立法政策によつて非課税所得とされたものと考えられる。

原告は、本件土地を譲渡したことにより、本件損害賠償金を取得したのであり、これが実質上経済的な利益であり前述の非課税所得に該当しないこと明らかである(大阪地裁昭和四一年八月八日判決昭和四〇年(行ウ)第六一号、福岡地裁昭和四四年一二月二六日判決昭和四三年(行ウ)第七八号参照)。本件損害賠償金の実態は、原告において本件土地を日産デーゼルに交換譲渡し、一、〇〇〇万円の補足金と交換土地(日産デーゼルより原告に引渡すべき土地。以下同じ。)とを取得する約定であつたところ、日産デーゼルが右交換土地を約定期日までに引渡すことができなかつたため、右交換契約に基づき引渡しを受けるべき土地の代りに損害賠償金を受領したものである。してみれば、一、〇〇〇万円の補足金および交換土地を取得することそれ自体が本件土地の譲渡による所得なのであるから、一、〇〇〇万円の補足金はもとより、和解により取得した損害賠償金五、六〇〇万円も実質上、本件土地の対価と認められ、本件土地の譲渡による所得であるといわざるを得ないのである。

譲渡所得は資産の値上りにより利益を所得と観念し、所有者がその資産について売買その他の譲渡行為をしたとき、これを契機として資産の値上りによる利益を課税の対象とするものである。換言すれば、譲渡所得は、資産の値上りという形で既に発生していた潜在的な所得が、譲渡行為によつて顕在化したときに課税所得とされるものである(浦和地裁昭和三九年一月二九日判決昭和三八年(行)第三号、東京高裁昭和四〇年九月一〇日判決昭和三九年(行コ)第一三号)。

したがつて、もし本件損害賠償金を譲渡所得として課税しないとすれば、本件土地の値上り益については、ついに原告に対して譲渡所得として課税する機会を失うこととなり、税負担の公平の原則にてらし、到底容認できないこととなるのである。

2 課税年分を昭和四三年分と認定したことについて

(1) 損害賠償金を昭和四三年分の所得金額としたことについて

所得額の認定に当たり所得税法三六条一項は、その年分の各種所得の金額の計算上、収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるときを除き「その年において収入すべき金額」とする、いわゆる権利確定主義によるべきことを規定している。

ところで、この権利確定主義は、多くの場合、当該年度に収入することが確定した債権はこれを現実に同年度に収入があつたものと同視しても不当でなく、かえつてそうみることが徴税手続きを迅速かつ適正に進め得るものとして是認されるものであり、譲渡所得についての権利確定の時期については、原則として当該譲渡資産の所有権が相手方に移転するときとされていること原告主張のとおりであるが、いかなる事実をとらえて所有権の移転(権利の確定)があつたものと解するかは、個々の具体的な権利を規制する契約内容その他法律上事実上の諸条件を総合考慮して決定することが必要である。したがつて、本件のように、交換契約において、当該契約の履行そのものに関して争いが生じているような事案について契約時である昭和三六年に経済的利益が発生し収入すべき金額が確定したものとみることは適当ではない。すなわち、本件交換契約書においては、日産デーゼルが原告に対して補足金一、〇〇〇万円を支払つた昭和三六年七月二七日に本件土地の所有権が原告より日産デーゼルに移転することになつており、同会社が整地等に着手しているとしても、右交換契約は、所定の履行がなされなかつたことを理由に、交換契約そのものをめぐつて争いが生じているものであり、末だ本件物件の所有権が完全に相手方に移転したものとはいえないのであつて、このような段階において所得が発生したものとして当該年分の所得として課税することは実情を無視した取扱いとして批難を免れないであろう。

結局、本件においては、昭和三六年中に経済的利益が発生し収入すべき金額が確定したものとはいえないのである。

原告が日産デーゼルより受領した六、六〇〇万円が譲渡所得にかかる収入金額であることは前述のとおりであるが、譲渡所得は、資産の値上りという形で既に発生していた潜在的な所得が、譲渡行為(交換を含む。)によつて顕在化したときに課税所得とされるものであることからして、一の譲渡行為(交換)における譲渡所得の権利確定の時期したがつて課税年分は一であり、二年分にまたがつて権利確定の時期が存在することがないことはいうまでもないことである。けだし、権利確定の時期がいつかという問題そのものが所得の帰属年度を決定するものだからである。

本件交換契約において原告は、昭和三六年中に日産デーゼルより補足金として一、〇〇〇万円を受領している。もし、交換契約書所定の履行が完全に行なわれていたとすれば、この一、〇〇〇万円の補足金は交換土地とともに昭和三六年分の所得として譲渡所得の課税の対象となつたものであるが、たまたま交換契約書所定の履行がされなかつたことを理由に交換当事者間で争いとなつたため、昭和三六年分の所得として課税されなかつたものであつて、昭和三六年中に原告が受領した一、〇〇〇万円は、原告と日産デーゼルとの間で係争中、譲渡代金の一部たる前受金的性格のものとなつていたものと解すべきものである。

しかして、交換契約から和解に至る経過を総合考慮すると、昭和四三年の和解成立のときに、本件物件の所有権が完全に移転したものとして昭和四三年分の所得として課税すべきであり、和解成立によつて受領した五、六〇〇万円はもとより譲渡代金の一部たる補足金一、〇〇〇万円もこのとき、課税の対象となることはいうまでもないことである。

以上、原告が、日産デーゼルより受領した六、六〇〇万円を、昭和四三年分の譲渡所得にかかる収入金額とした本件処分は正当であり、なんら違法の点はないのである。

(2) 所有権移転登記の完了していない資産についても昭和四三年分の所得金額としたことについて

原告は、原告が昭和四三年七月に訴外有限会社尾張屋不動産(代表役員大岩嘉一)外一名に譲渡した。浦和市大字広ケ谷戸七番地の一外二筆の宅地九二八・九二平方メートル(以下「本件土地」という。)について、売買取引が完了していないから、これに譲渡所得が発生したものとして課税することは、課税事由の発生しない事実に対して課税するものであり違法である旨主張される。

しかしながら、原告の右主張は以下に述べるとおり理由がないものである。すなわち、本件土地は、昭和四三年七月三日原告と訴外有限会社尾張屋不動産外一名との間で売買契約が成立し、原告は同月二九日までに代金一〇、六〇〇、〇〇〇円を受領したのであるが(乙第八号、第一〇号ないし一五号証)、右訴外人らは、昭和四三年一二月二一日に右買受物を訴外日本宅建信販株式会社(代表取締役田中明三)に転売しており、浦和市大字広ケ谷戸七番地の一の宅地八六八・八七平方メートルについて同年一二月二三日に所有権移転請求権仮登記、同四四年二月七日に所有権移転登記がそれぞれなされているのであつて(中間省略登記による。甲第七号証)、このことは、昭和四三年中には原告から訴外尾張屋不動産外一名に本件土地の所有権が移転し、かつ引渡されたことをものがたるものである。けだし、昭和四三年中に右物件の所有権が右訴外人らに移転していたからこそ、右訴外人らは同年中に転売行為ができたのであるからである。原告は、譲渡物件の一部について未登記のものがあることをもつて、未だ売買取引は完了していないと主張するもののようであるが、資産の譲渡による所得についての収入金の権利確定の時期は、原則として所有権移転のときであるところ、ここにいう所有権の移転とは必ずしも所有権の移転登記をいうものではないのであつて、たとえ譲渡物件の一部について未登記のものがあつたとしても、このことをもつて未登記部分は売却されていないとはいえないのである。また、売買契約書(乙第八号証)によつても、譲渡物件のうち所有権移転登記(中間省略登記による。)のあつた部分のみの所有権が移転し、未登記の部分の所有権は移転していないと解することはできず、契約書記載の譲渡物件が一体となつて移転したものと解するのが相当である。なお、訴外有限会社尾張屋不動産外一名は、自己の名義の所有権移転登記を経由することなく転売し、中間省略登記により第三取得者名義に所有権移転登記をしているのであつて、原告から右訴外人らに本件物件の所有権が移転した時期を所有権移転登記の日により判定することはできないのであり、結局、譲渡代金の授受の状況および右訴外人らの転売行為などから判断して、昭和四三年中に所有権の移転があつたものと認定した原処分は正当である。

また、原告は、譲渡代金が完済されていないから売買取引は完了していない旨主張されるが、たとえ譲渡代金の一部が未収であるとしても、この一事をもつて売買取引が完了していないといえないことは、所得税法三六条のいわゆる権利確定主義から明らかなところである。なお、被告が調査したところによると、契約金額一一、二四〇、〇〇〇円と受領金一〇、六〇〇、〇〇〇円との差額金六四〇、〇〇〇円については、未登記部分にかかる値引きにより減額されていると認められたため(乙第一九号証)、被告は、契約金額一一、二四〇、〇〇〇円から減額された六四〇、〇〇〇円を差引いた一〇、六〇〇、〇〇〇円をもつて譲渡収入金額としているところであり、仮りに、原告主張のように未収入金があるものとすれば、譲渡収入金額は一一、二四〇、〇〇〇円となるが、被告認定額はその範囲内である一〇、六〇〇、〇〇〇円であるから適法である。

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